2026/09/01 21:47
前回、
スマホの中に埋もれていく何気ない写真に、
小さな置き場所があってもいいのではないか、
ということを書きました。
花を見て足を止めたとき。
外で食べたものを、なんとなく撮ったとき。
いつものペットが、少し違う顔をしていたとき。
神社やお寺で、御朱印をいただいたとき。
そんな写真にひとことを添えて残しておく。

そうして考えているうちに、
もうひとつ気づいたことがありました。
日記というものも、
一日単位で考えなくていいのかもしれない。
一日という単位は、少し大きい
日記というと、
一日の終わりに今日のことを振り返って、
何があったかを思い出し、
それを文章にするものだと思っていました。
でも、毎日必ず残したいことがあるわけではありません。
何も思いつかない日もあれば、
忙しくてそのまま寝てしまう日もあります。
何日か空くと、
いつの間にか日記を開かなくなる。
日記が続かなかったのは、
書くことが嫌だったからではなく、
一日という単位が少し大きかったからなのかもしれません。
一日ではなく、一枚から
わたしのつづり帖は、
一日の出来事を書くところから始まりません。
まず一枚の写真があります。
そこに、50文字までのひとことを添えます。
「きれいだった」
「また来たい」
「今日はよく寝てる」
そのくらいでも、
写真があれば、そのときのことは意外と残ります。

日記の単位を、一日から一枚へ。
そんな考え方があってもいいと思っています。
書く日は、出来事が決める
くさばななら、花に足を止めたとき。
外ごはんなら、外で食べたものを残したくなったとき。
ペットなら、この顔を残しておきたいと思ったとき。
御朱印なら、神社やお寺を訪れたとき。
毎日書く必要はありません。
「今日は何を書こう」と考えるのではなく、
残したくなったことが、つづるきっかけになります。
つづったものは、選び直したり整理したりせず、
そのまま並んでいきます。

一枚一枚は、
特別な写真ではないかもしれません。
でも、しばらくたってから開いてみると、
その一枚の前後にあった時間まで、
ふと思い出すことがあります。
毎日書くだけが、日記じゃない
長い文章を書く日記も、
毎日欠かさず書く日記もあります。
それとは別に、
一日を振り返るほどではないけれど、
なぜか残しておきたいこともあります。
日記にするほどではないと思っていた一枚も、
ひとことを添えておけば、
あとから見れば確かに自分の時間の一部です。
毎日書くだけが、日記じゃない。
一日分を書かなくても、日記は残せる。
写真一枚と、
50文字までのひとことから。
そんなつづり方があってもいいと思っています。
明日をつづろう。
わたしのつづり帖
写真とひとことで、日々をつづる。
御朱印|くさばな|外ごはん|ペット
あなたなら、何をつづりますか。
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