2026/08/10 14:07
スマホの写真を、少し前までさかのぼってみる。
道ばたで見つけた花。
おいしかったごはん。
いつものペットの寝顔。
同じような写真が、何枚も残っていたりします。

スマホの写真が増えてくると、
そろそろ整理しなくては、と思うことがあります。
でも、写真が多いことが問題なのでしょうか。
残したかったから、撮った
花を見つけたとき。
運ばれてきた料理を見たとき。
ペットがいつもと少し違う表情をしたとき。
誰かに頼まれたわけでもないのに、
スマホを取り出して写真を撮っています。

きれいだった。
おいしそうだった。
かわいかった。
なんとなく、いいなと思った。
ほんの小さなことでも、
その瞬間には何かを感じていたはずです。
だから、残しておこうと思った。
写真を撮るというのは、
そのときの自分が「これは残したい」と思った印なのかもしれません。
いつの間にか、ただの画像になっていく
ところが、しばらくすると、
その写真はたくさんの写真の中に埋もれていきます。

写真は残っている。
でも、
なぜ撮ったのか。
そのとき何を感じたのか。
どんな一日だったのか。
そんなことは、少しずつ思い出せなくなっていきます。
スマホの容量を使っていることよりも、
残したかったはずの写真が、
見返されることもなく置かれている。
それが、少しもったいないと思いました。
写真に、ひとことだけ
長い日記を書く必要はありません。
「今年も咲いた」
「久しぶりに来た」
「今日はよく寝てる」
そのくらいでいい。
写真に、そのときの自分のひとことが残っているだけで、
あとから見たとき、その写真は少し違って見えます。
写真だけでは思い出せなかったその日のことが、
ひとことから戻ってくることがあります。
そして、そんな写真が少しずつたまっていくと、
自分はこんな花に足を止めていたんだ。
こんな時間が好きだったんだ。
こんな毎日を過ごしていたんだ。
と、自分でも気づかなかったものが見えてくるかもしれません。
今日をつづる
「わたしのつづり帖」は、
写真とひとことで日々をつづる、小さな記録帖です。
人に見せるためでも、
きれいに整理するためでもありません。
今日、残しておきたいと思ったものに、
そのときの自分を、ほんのひとこと添えておく。
いつか振り返ったとき、
ただの一枚だった写真が、
その日の自分を思い出す一枚になっていたら。
それで十分だと思っています。
明日をつづろう。
わたしのつづり帖
写真とひとことで、日々をつづる。
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